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11歳、15歳、17歳。72年前の少女たちが語る、長岡空襲の一夜

今年も、暑い夏がやってきました。長岡市では、8月2日3日の長岡まつり大花火大会にむけて町が賑わうなか、長岡が空襲を受けた日である8月1日を「長岡市恒久平和の日」として、戦災殉難者の慰霊祭や法要、灯籠流しといった慰霊の行事を市内各地で行います。

1945年8月1日22時30分。長岡は125機ものB29による焼夷弾爆撃を受けました。翌日の0時10分までの1時間40分におよぶ無差別爆撃で投下されたE46集束焼夷弾等は925トン、焼夷爆弾や子弾の数は16万3000発余り。すさまじい攻撃により、市街地の八割が焦土と化し、1480余名もの命が奪われたのです。

終戦から72年。当時10代だった人も、80代となられました。戦争の語り部として活動される方も年々少なくなっています。「な!ナガオカ」では、長岡空襲の歴史を多くの人たちに伝えるため、6月24日、長岡戦災資料館で行われた「長岡空襲の体験を聞く会」を取材しました。平和学習の一環として参加した中学生たちをはじめ、貴重な体験談を聞くために多くの人が足を運んでおり、会場はほぼ満席でした。

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